FC2ブログ
10月
この記事はブロとも、もしくはパスワードを知っている方のみ閲覧できます
パスワード入力
ブロとも申請
スポンサーサイト



ちゅうちゅう
Bird's Nest

中国へ出張にいってきました。

あいかわらず中国は、広くて、人が多くて、圧倒されます。

あー、今回は全聚徳の北京ダックが食べられなかったのが、残念。。。

写真は、オリンピック会場の鳥の巣(Bird's Nest)です。

テーマ:中国 - ジャンル:海外情報

おもいだしちゃいけない
ほほのえくぼをけしてはいけない
涙はあつくあふれてきても
すぎてしまえば夢とおなじ
おもいだしちゃいけない
かえらぬことを

ほほえむことを忘れちゃいけない
涙はひどくこぼれているが
ほんの昨日も今は昔
おもいだしちゃいけない
哀しいことを

あかるい歌をやめてはいけない
涙はいまもこぼれるけれど
雪がきえたら花もひらく
おもいだしちゃいけない昔のことを


テーマ:こんな本を読んだ - ジャンル:本・雑誌

朝活!
出張目前、
新年の誓いを思いだして、朝活をはじめた!





デビュー
ピークラウンジ

パークハイアットのピークラウンジで
優雅にアフタヌーンティー。

お茶はいろいろ頼めるけど、紅茶はちょっぴり薄い感じ??

最初はまぶしかったけど、夕焼けがきれいだったな。

居心地よくて、ずーっといました。



テーマ:こんな店に行ってきました - ジャンル:グルメ

すとらいく
たぶん、やったのは人生2回目。

そして、出たのは人生はじめて!

ばななケーキ
バナナケーキ

みっちゅ作。

おいしいのだー。

ぺろり。

テーマ:手作りお菓子 - ジャンル:グルメ

秋散歩
航空公園

一日、公園にいた。
のんびりピクニックをするにはよい季節。

テーマ:自然の中で - ジャンル:ライフ


音楽って、何度も反復があるでしょう?
記憶があるから、もう一回同じメロディが起こると、感動するんですよ。




テーマ:こんな本を読んだ - ジャンル:本・雑誌

超訳 ニーチェの言葉
011 自分は常に新しくなっていく

かつてはこれこそ真実だと思ってたものが今では間違いだったと思う。かつてはこれこそ自分の変わらぬ信条だとしていたものが、今では少し違うと思う。

それを、自分は若かったとか、浅かったとか、世間知らずだったと断じて葬り去らないほうがいい。なぜならば、当時の自分にとっては、そう考えたり思ったりすることが必要だったのだから。当時の自分の段階にあっては、それが真実であり信条だったのだ。

人間は常に脱皮していく。常に新しくなっていく。いつも新しい生に向かっている。だから、かつては必要だったものが、今では必要でなくなったにすぎないのだ。だから、自分を批判していくこと、人の批判を聞いていくことは自分の脱皮をうながすことにもなるのだ。さらなる新しい自分になるために。


025 喜び方がまだ足りない

もっと喜ぼう。ちょっといいことがあっただけでも、うんと喜ぼう。喜ぶことは気持ちいいし、体の免疫力だって上がる。

恥ずかしがらず、我慢せず、遠慮せず、喜ぼう。笑おう。にこにこしよう。素直な気持ちになって、子供のように喜ぼう。

喜べば、くだらないことを忘れることができる。他人への嫌悪や憎しみも薄くなっていく。周囲の人々も嬉しくなるほどに喜ぼう。

喜ぼう。この人生、もっと喜ぼう。喜び、嬉しがって生きよう。


029 仕事はよいことだ

職業はわたしたちの生活の背骨になる。背骨がなければ、人は生きていけない。

仕事にたずさわることは、わたしたちを悪から遠ざける。くだらない妄想を抱くことを忘れさせる。そして、こころよい疲れと報酬まで与えてくれる。


079 信頼関係があれば、べたべたしなくていい

いかにも親密げな態度を示してくる。また、いろいろなことにかこつけて相手との親密さを得ようとしたり、必要以上の連絡を しょっちゅうしてくるような人は、相手の信頼を得ているかどうかに、まったく自信がないことを あらわにしている。

すでに信頼し合っているのならば、親密な感じに頼らないものだ。他人からすれば、むしろ素っ気ない付き合いのように見える場合が多い。


082 必要な鈍さ

いつも敏感で鋭くある必要はない。特に人との交わりにおいては、相手の何らかの行為や考えの動機を見抜いていても知らぬふうでいるような、一種の偽りの鈍さが必要だ。

また、言葉をできるだけ好意的に解釈することだ。

そして、相手をたいせつな人として扱う。しかし、こちらが気を遣っているふうには決して見せない。相手よりも鈍い感じでいる。

これらは社交のコツであるし、人へのいたわりともなる。


110 だまされた人の悲しみ

あなたが誰かをだましたりすると、その人は悲しむ。

だまされたことで何か損を受けたから、その人は悲しんでいるのではない。その人がもうあなたを信じ続けられないということが、その人を深く悲しませているのだ。

今までのようにあなたをずっと信じていたかったからこそ、悲しみはより深くなるのだ。


132 自己コントロールは自由にできる

怒りっぽい人、神経質な人は、まさにそういう性格を持った人であり、そのような性格はずっと変わらないものだとわたしたちは信じている。そこには、わたしたち人間が成長しきったものであるという根強い考えがある。人の性格は変えられないと思っている。

しかし、たとえば怒りというものは、いっときの衝動だから、自分で好きなように処理できるものだ。怒りをそのまま表に出せば、短気な人間のふるまいになる。ところが、他の形に変えて外に出すこともできる。抑え込んで消えるまで待つこともできる。

怒りの様な衝動の他に、自分に湧いてくる他の感情や気持ちも同じで、わたしたちは自由に処理したり、扱ったりできるのだ。まるで、わたしたちの庭に生えてくるさまざまな植物や花を整えたり、木々の果実をもぎ取ったりするかのように。


145 待たせるのは不道徳

連絡もなしに人を待たせるのはよくない。マナーや約束の次元だけの問題ではない。待っている間にその人は、あれこれと良からぬ想像をめぐらせ、心配し、次には不快になり、だんだんと憤慨してくるものだ。

つまり、人を待たせるのは、何も使わずにその人を人間的に悪くさせてしまう不道徳きわまりない方法なのだ。


153 愛をも学んでいく

初めて聴く音楽の場合、わたしたちはそのなじみなさを嫌わず、まず最後まで聴く我慢と努力と寛容さを持たなければならない。

それを繰り返すことで親しみが生まれ、やがてはその音楽の新しい魅力を少しずつ発見し、その深い美しさを発掘し、そしてその音楽を愛するようになり、その音楽が自分にとってなくてはならないものになっていく。

実は、音楽だけに限らず、わたしたちは今愛するものについても、同じように最初のなじみなさから出発する愛の学びの道をたどってきたのである。仕事を愛する場合でも、自分自身を愛する場合でも、もちろん誰かを愛する場合においてさえも。

愛はいつでも、このように学びの道を通り抜けて姿を現してくるのだ。


182 本を読んでも

本を読んだとしても、最悪の読者にだけはならないように。最悪の読者とは、略奪を繰り返す兵士の様な連中のことだ。

つまり彼らは、何かめぼしいものはないかと探す泥棒の眼で本のあちらこちらを適当に読み散らし、やがて本の中から自分に都合のいいもの、今の自分に使えるようなもの、役に立つ道具になりそうなものだけを取り出して盗むのだ。

そして、彼らが盗んだもののみ(彼らがなんとか理解できるものだけ)を、あたかもその本の中身のすべてであるというように大声で言ってはばからない。そのせいで、その本を結局はまったく別物のようにしてしまうばかりか、さらにはその本の全体と著者を汚してしまうのだ。


224 自然のやさしさ

たまには広々とした自然の中に出てリラックスしよう。

自然は清々しいばかりではなく、わたしたちに何の意見も文句も言わないのだから。

テーマ:こんな本を読んだ - ジャンル:本・雑誌